え、私リストラですか

登場人物

河井 女性
優秀な営業社員であり、人柄がよく、誰からも好かれる人望を持つ。

沼田 男性
この会社の社長。会社のために一肌脱ぐことに少し腰が重くなってしまう。


(電話中の河井)


河井
「はい。はい。かしこまりました!納期は来月ですね。はい。では、また配送いたしますので、ご連絡の方をお待ちください。
毎度ご利用いただきありがとうございます。
失礼いたします。
よし、これで今月分はオッケーかな。来月に備えて、また新規開拓していかないと。
最近オープンしたお店とかあるかな・・・。チェーン店でもまだ開拓できてないところもあるからなぁ・・・。」


沼田
「お、河井くん。今日も頑張ってるな。お疲れ様。」


河井
「あ、社長!お疲れ様です。今月分のノルマは問題ありませんので、残りは取引先の新規開拓を中心に進めていこうかと。」


沼田
「相変わらず、ほんとによく仕事が出来るな君は。」


河井
「いえいえ、まだまだです。」


沼田
「とまぁ河井くん。私は、世間話をしに来たわけじゃないんだ。」


河井
「まぁ、そうですよね。何かありましたでしょうか。発注ミスとか、在庫管理に問題でも?」


沼田
「いや、そうじゃないんだ。」


河井
「では、いったい何が。」


沼田
「ここで話すのもなんだ。社長室に来てくれないか。」


河井
「 え?あ、はい。承知しました。」


(社長室)


沼田
「すまないな。急に呼び出してしまって。」


河井
「いえいえ。休憩に入ろうかなと思っていたところでしたので。」


沼田
「重大な話なんだ。心して聞いてくれ。」


河井
「はい・・・。」


沼田
「河井くん。」


河井
「なんでしょうか。」


沼田
「君は、今月をもって、リストラだ。」


河井
「・・・えぇ?」


沼田
「言い方が悪かったかな。つまり解雇だ。」


河井
「いやいや分かりますよ!」


沼田
「そういうことだ河井くん。あとは業務の引継ぎ作業やデスクの整理をよろしく頼む。では戻っていいぞ。」


河井
「戻れるわけがないでしょう!」


沼田
「どうしてだい?」


河井
「急すぎて無茶苦茶ですし、リストラの意味が分かりません!なぜですか!」


沼田
「リストラに意味を求めるな!そのままの意味を受け取れ!それが社員だ!」


河井
「明らかにおかしすぎます!不当解雇です!」


沼田
「何がおかしいんだ!リストラはリストラだ!」


河井
「私の考えを聞いてください!社長!」


沼田
「なんだ口答えをするというのかね。」


河井
「とにかく聞いてください!」


沼田
「あ、あぁ。」


河井
「先月の売り上げ成績トップは誰でしたか!?」


沼田
「・・・河井くんだ。」


河井
「そうです私です!売り上げ成績は申し分ないはずです。では、去年の社内表彰は誰でしたか!?」


沼田
「・・・河井くんだな。」


河井
「そうです!優秀な社員ということで賞を頂きました!そしてこの会社の人事は誰ですか!?」


沼田
「・・・それも河井くんだな。」


河井
「そうです私です!人事部としても新入社員の育成や、採用面接なども請け負っています!
それなのにどうして私をリストラするんですか!!」


沼田
「・・・。」


河井
「社長!何か言ってください!」


沼田
「河井くん。」


河井
「はい。」


沼田
「君は優秀すぎるんだ。だからリストラという決断をした。」


河井
「意味が分かりません。」


沼田
「優秀な君は、もっと羽ばたくべきだ。こんなところにいるべき器ではない。」


河井
「意味が分かりません!


沼田
「どうして分かってくれないんだ!」


河井
「そんなのリストラになる理由じゃないです!ただやめさせたいだけじゃないですか!」


沼田
「河井!!」


河井
「なんですか!」


沼田
「ここが、いったい何の会社なのか分かっているのか?」


河井
「当たり前じゃないですか!」


沼田
「言ってみろ。」



河井
「・・・バランを作っている会社ですよね。」



沼田
「その通りだよ!バランを作ってるんだよ!弁当に入っているあの緑の草みたいなやつを我々は作っているんだよ!
あんな緑の草みたいなやつの名前言える人なんていないよ!社員でもいるか分からないんだから!」


河井
「私はしっかりと覚えています!」


沼田
「あれの正式名称を言えるは、君くらいしかいないんだよ!」


沼田
「君みたいな優秀な人材は、もっと国に貢献できる立派な職業に就くべきだ!」


河井
「そんなことありません!これも社会のための立派な仕事です!私は誇りを持っています!」


沼田
「どうしてこんなことに誇りを持てるんだ!こんなことで誇りを持てるのなら、どこでもやっていけるよ!ほら!早くやめるんだ!こんな会社!」


河井
「どうしてそんなことを言うんですか!いやです!辞めたくありません!」


沼田
「ふざけるな!はやくやめろ!そして羽ばたけ!」


河井
「私はこれが天職だと思っています!」


沼田
「やめろー!君がそんなことを言うな!」


河井
「これが私の生きる意味です!」


沼田
「河井!」


河井
「なんでしょう!」


沼田
「この会社がどういった給与体系をとっているか分かっているのかい?」


河井
「もちろんです。」


沼田
「言ってみなさい。」



河井
「・・・成果主義ですよね。」



沼田
「その通りだよ!成果主義だよ!年功序列じゃなくて実力なんだよ!」


河井
「なにか問題がありますか?普通のことですよね。」


沼田
「大ありなんだよ!」


河井
「いったい何が。」


沼田
「君が優秀すぎて他の社員の成果が全く上がらない!優秀な君にばっかりお金がいくんだ!」


河井
「えぇ・・・。」


沼田
「知ってるかい?」


河井
「何をですか。」


沼田
「ここら辺の弁当屋さんはね。」


河井
「はい。」


沼田
「全部君のお得意様なんだよ?」


河井
「そうですよ!だから社内表彰や売り上げ成績も安定して・・・。」


沼田
「君一人ですべてが完璧なんだよ!見てみなさい他の社員を!死んだ目をしながら開拓業務行っている!
あんな表情で、いったいどこを開拓するんだか!やる気のやの字もないよ!」


河井
「他の社員もみな頑張ってるんです!」


沼田
「これが現実だ!君が優秀すぎるが故の弊害なんだよ!
成果主義は恐ろしいねぇ。こんなことになるなら年功序列にすればよかったかな!」


河井
「そんな・・・。」


沼田
「というわけだ。君は十分頑張ってくれた。こんな会社でこんなに一生懸命に頑張れるんだ。どこでもやっていける。」


河井
「社長!私は今、日本のみならず世界に、このバランの素晴らしさを発信しようと開拓をしようとしていたところなんです!」


沼田
「バランを世界に届けるっていうのかい!?」


河井
「はい!手始めにアジアから開拓を行い、徐々に部署を増やしていく方向です。ゆくゆくは世界的な企業に成長させようと考えています!」


沼田
「何を考えているんだ!こんなものに人生を賭けるな!」


河井
「こんなものとはなんですか!社長がバランのことをこんなものと考えてどうするんです!」


沼田
「どうして君はこんなにも頑張れる!もういいんだよ!頑張りすぎなんだよ!」


河井
「全然頑張っていません!むしろこれからなんです!世界的企業になるためにはこれからなんです!」


沼田
「やめないか!バランを作っている会社を世界的企業にするのはやめないか!」


河井
「これが私の夢なんです!私は小さい頃から疑問を抱いてきたこの緑の草みたいなやつを知った時、感動したんです!
この感動を世界に届けたい!そしてこのバランのように、誰にだって居場所があるということを示したいんです!」


沼田
「その努力を別の方向には出来ないのか。」


河井
「必ず成し遂げたいんです。このバランは弁当だけでなく、人の心も救える可能性を秘めているんです。」


沼田
「そんなの誰も気にしないよ!」


河井
「お願いです!リストラはやめてください!」


沼田
「・・・。」


河井
「社長!」


沼田
「君の熱意は十分に分かるんだ。しかしな。他の社員への給料があまりにも低すぎる。」


沼田
「もちろん、社員が頑張っていないことが原因だが、君が優秀すぎることも原因の一つではあるんだ。」


河井
「はい。」


沼田
「それにな。私は君のことを思って言っているんだぞ。営業成績もよく面倒見もいい、身なりも綺麗で、頭もいい。そんな君は、こんなところにいるべきじゃない。」


河井
「社長・・・。」


沼田
「私が君の才能をつぶしているような気がしてならんのだよ。罪悪感を感じてしまうんだ。きっと君は、世界に羽ばたく人間だ。」


沼田
「もちろん都合が悪ければ、自主退職という形にもできる。退職金もしっかり払う。そのお金で、次に羽ばたく準備をしなさい。だから、リストラを受け入れてくれ。」


河井
「・・・分かりました。社長。」


沼田
「本当にすまない。河井くんには本当に世話になった。会社を引っ張ってくれてありがとう。」


河井
「私が、他の社員の分まで稼げばいいんですね。」


沼田
「どうか、世界で羽ばたいてく・・・え?」


河井
「私が他の社員の分まで売り上げを伸ばします!私の給与から天引きしても結構です!それでこの問題は解決しますよね!」


沼田
「何を言っているんだ君は?もはや馬鹿なのか?」


河井
「現在では、オンラインサービスを利用した、ネットワークデリバリーシステムをシリコンバレーの企業と提携して行うという企画を進めているんです!」


沼田
「シリコンバレーと!?なんで言わないの!?言ってよ!」


河井
「 次の定例会議で驚かせたくて・・・。」


沼田
「いったい何を考えているんだ君は!責任はとれるのか!」


河井
「 大丈夫です!企業とは売り上げの15%を取り分に契約いたしましたので、そのお金で他の社員への給料にでもあててください!」


沼田
「シリコンバレーと提携したって、そんなお金いったいどこから!まさか金庫から使ったのか!!」


河井
「私の貯金です。」


沼田
「なんで?バランだよ!?緑の草だよ!?なんでそんなに頑張れるんだ!お願いだからやめてくれ!」


河井
「 海外企業との業務は私に任せてください。私がプロジェクトリーダーですので、ご安心を。」


沼田
「もう君なしではやっていけないじゃないか!どうしてくれるんだ!」


河井
「 私の、思いは伝わったでしょうか。」


沼田
「伝わりすぎて伝わってこないよ・・・。」


河井
「大丈夫ですか?」


沼田
「その企画っていうのも、簡単には中断できるわけないよね?」


河井
「 そうですね。むしろ大損害になるかと。」


沼田
「そうか・・・。」


河井
「 お願いします!どうか、リストラは勘弁してください!」


沼田
「・・・当たり前じゃないか。」


河井
「社長!」


沼田
「やめさすにも、やめさせられないよ。」


河井
「ありがとうございます社長!ここで働くことが出来て嬉しいです!」


沼田
「・・・ここが、君の居場所ってことでいいのかい?」


河井
「はい!そうです!」


沼田
「っふふ。そうか。」


河井
「 ほら!伝えられたじゃないですか!誰にでも居場所はあるってこと!」


沼田
「 一本取られたよ。」


河井
「 絶対、世界一のバランメーカーにしましょうね!」


沼田
「私も、もう少し頑張ってみようかな。」


河井
「そうですよ!社長!そのいきです!」


沼田
「よーし!みんなー!忙しくなるぞー!」