病院にて
葛井
「どうぞー、お入りください。」
矢畑
「失礼いたします。」
葛井
「どうぞ、腰かけて。」
矢畑
「よろしくお願いします。」
葛井
「今日はどういった症状で?」
矢畑
「はい、最近、咳とか、立ち眩みが酷くて。
心臓の動悸もいつもと比べて激しい気がするんです。」
葛井
「なるほど。」
矢畑
「最初は、ぜんそくかなと思ったのですが、どうもそうは考えられなくて。」
葛井
「ストレスの原因も考えられますね。血液検査でもしてみましょうか。」
矢畑
「分かりました。」
葛井
「それではこちらに。」
矢畑
「はい。」
注射後
葛井
「では、結果が分かりましたらお呼びいたしますので、お待ちください。」
矢畑
「はい。よろしくお願いいたします。
「だ、大丈夫かな。特に何もなければいいんだけど。
きっといつもの風邪でしょ。症状はあるけど大したことないし。
気長に待っとこーっと。」
葛井
「矢畑様ー。どうぞー。」
矢畑
「あ、はい。
どうだったんでしょうか。」
葛井
「そうですね。矢畑さん。少し深刻なお話になります。」
矢畑
「・・・え!?」
葛井
「ご家族はお呼びしなくても大丈夫ですか?」
矢畑
「え!?」
葛井
「ゆっくり考えてください。」
矢畑
(え、ちょっと待って。うそ!?私やばい!?
そんなに深刻なの!?どうしよう!
でも、聞くしかないよな・・・。)
「だ、大丈夫です。お願いします。」
葛井
「分かりました。」
矢畑
「・・・。」
葛井
「矢畑さん。あなたの症状は。」
矢畑
「・・・。」
葛井
「文制病(ぶんせいびょう)です。」
矢畑
「ぶんせいびょう?」
葛井
「はい。」
矢畑
「どういった症状何ですか?」
葛井
「文制病は、その人が話すこと、書くことに対する文字数に制限があるということです。
かなり、珍しい奇病ですね・・・。」
矢畑
「え?よく分からないんですけど。」
葛井
「例えば、文制病で10文字に制限されているとしましょう。」
矢畑
「はい。」
葛井
「あいうえおかきくけこ。これで10文字ですよね?」
矢畑
「そうですね。」
葛井
「その時、10文字分しゃべった、もしくは書いたのであれば、死に至ります。」
矢畑
「・・・は!?え!?はぁ!?」
葛井
「ですので、あまり喋らない方が、」
矢畑
「え!?嘘ですよね!?ちょっと待ってくださいよ!
別にエイプリルフールじゃないですよ!?てかエイプリルフールでも医者は嘘ついちゃダメだけど!
からかってるんですか!?そんな病名聞いたことないです!」
葛井
「 お、落ち着いてください矢畑さん!」
矢畑
「落ち着けるわけないでしょ!馬鹿にしないでください!」
葛井
「今の発言で、25文字です。」
矢畑
「ああああああ!」
葛井
「いったん落ち着いて!説明しますから黙って聞いてください!命に関わります。」
矢畑
「・・・はい。」
葛井
「今ので2文字分ですよ。」
矢畑
「・・・。」
葛井
「まず、文字数としてカウントされるのは、喋ること、書くこと、メールの文面でもそうです。」
矢畑
「・・・。」
葛井
「その際、ビックリやハテナなどの感嘆符も含まれます。伸ばし棒も。読点やカッコも含まれます。」
矢畑
「・・・。」
葛井
「漢字は一つの文字として扱うので、ひらがなではなく、漢字を積極的に使ってください。
極端な話、喋らず、書くこともしなければ問題はありませんよ。」
矢畑
「え?」
葛井
「簡単に言えば、今まで喋った分を差し引いて、矢畑さんの余命はあと557字です。」
矢畑
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
葛井
「11文字。」
矢畑
「いや無理でしょ。」
葛井
「7文字。」
矢畑
「私、大学に行ってるんですけど、レポートとかあるんですよ。」
葛井
「28文字。」
矢畑
「レポートって3000字は余裕であるんですよ。」
葛井
「22文字。」
矢畑
「卒論に関しては、一万字は越えますよね?」
葛井
「19文字。」
矢畑
「死ぬ!絶対死ぬじゃん!」
葛井
「11文字。」
矢畑
「黙れよ!うるせぇな!文字数バッカ数えやがって!」
葛井
「すみません。」
矢畑
「え、どうしたらいいんですか?」
葛井
「どうしましょうかね・・・。」
矢畑
「これまでの事例は?」
葛井
「治療法は現在でも不明です。」
矢畑
「そんな。」
葛井
「あそこ行ったことあります?」
矢畑
「え?」
葛井
「ほら、大人向けのディズニーの・・・なんだっけ。」
矢畑
「東京ディズニーシーですか?」
葛井
「そうそう!」
矢畑
「ありますけど。」
葛井
「へー。」
矢畑
「は?」
葛井
「じゃああそこは?東京タワーじゃなくて・・・。」
矢畑
「東京スカイツリー?」
葛井
「そう。」
矢畑
「ありますけど。」
葛井
「へー。」
矢畑
「は?」
葛井
「ピカソの本名ってなんでしたっけ?」
矢畑
「おい待て。」
葛井
「はい?」
矢畑
「はい?じゃないんだよ!さっきから長い単語言わせようとしてるよねぇ!?」
葛井
「はい?」
矢畑
「とぼけないでくださいよ!何考えてるんですか!あぁもう!余命が!文字数が!」
葛井
「なんか、楽しいじゃないですか。最期なんだし。」
矢畑
「それでも医者かテメーは!」
葛井
「もしかしたら、一見無駄に見えるようなやり取りも、解決に繋がるかもしれませんよ!」
矢畑
「殺しにかかってる人間に何言われても響かないよ!」
葛井
「そうだ。遺書でも書いたらどうでしょう。」
矢畑
「そ、そうですね。」
葛井
「もう、これくらいしか私から言えることはありません。」
矢畑
「はい。」
葛井
「こちらを使ってください。」
矢畑
「どうも。」
葛井
「残りの文字数は259字です。」
矢畑
(頷く)
葛井
「はい。うなずくだけで十分ですよ。ゆっくり書いてください。」
矢畑
「お父さん、お母さん。先立つ不孝をお許しください。
私は、文制病という謎の病気により、日常生活での発言や執筆に制限が設けられました。」
葛井
「 いいですね。漢字を使っていきましょう。」
矢畑
「全く死の実感が湧きません。文字数を超えたら死ぬのです。理解できません。
これも寿命を使って書いています。二人には感謝しています。ありがとう。」
葛井
「感嘆符を使って元気っぽさを出したいのは分かりますが我慢です。」
矢畑
「親友のみゆちゃん。仲良くしてくれて本当にありがとう。毎日が楽しかった。」
葛井
「すみません。ピカソの本名ってなんでしたっけ。」
矢畑
「大好きだよ。
まだ一緒にいたかったけど。
連絡できなくてごめんね。」
葛井
「縦読みで、私に黙れというメッセージ。凄い。」
矢畑
「文字数制限があるので、ここら辺にしておきます。伝えたいことはまだあるけど。思いだけでも伝わってください。
皆、本当にあ」
葛井
「あぁぁぁぁ!あと2文字です!」
矢畑
「は」
葛井
「待って待って待って!
「は?」じゃない!あと1文字です!すみません!ふざけてたら忘れていました!!」
矢畑
「・・・」
葛井
「え、あ、あと、あと1文字です。はは・・・どうしよっかなぁ・・・。
ははは!「本当にありが」で終わっちゃうなぁ!どうしよう!
そうだ!私が最後書きますよ!矢畑さんあと1文字ですもんね。」
矢畑
「・・・」
葛井
「どうしましょ。矢畑さん、マジで喋らないでくださいね。
あ!そうだ!読唇術!これがありました!口パクですよ!口パク!」
なにか最後に言いたいことはありますか?
矢畑
(口パク)
葛井
「・・・「い」ですか?
矢畑
(口パク)
葛井
「あ、あぁ!「し」か!「し」ですね!」
矢畑
(口パク)
葛井
「次は・・・「え」ですか?」
矢畑
(口パク)
葛井
「え、えぇ?・・・「け」ですか?」
最後の力を振り絞って。
矢畑
「ね!!!!!!!」
矢畑さん倒れる。
葛井
「あぁぁぁぁぁぁ!矢畑さぁぁぁぁぁぁん!」
余命557字
登場人物
矢畑 女性
大学3年生 体調不良を感じ、病院にいくが唐突な余命宣告に訳が分からなくなる。
葛井 男性
医者であるが、少しブラックジョーク的なことにツボがあり、不謹慎にも口元が緩んだりする。